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なとりうむ
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その五 | その七 | 目次

いんろーど♪

その六

「え〜、只今より第四十八回、ヴィルスのヴィルスによるヴィルスのための作戦会議を、開始したいと思います」
 可憐がわざとらしく改まった様子で目の前に座った二人、俺と優にそう切り出した。優が俺の耳元で「四十八回もしたっけ?」と声を潜めるのに対し、俺は「そこは受け流せ」と忠告してやった。
 俺たちがいわゆる『友情の輪』を取り戻した、その翌日。ボディーブローでたたき起こされた俺は、優と共に、優の家の地下室スタジオに緊急招集されていた。どうせ可憐のことだから、何か下らなぶへぉッ!
 俺は鳩尾を抱え、急迫した事態を収拾する。満面のスッキリした顔と拳を掲げる、可憐。
「急にな、……にするんだよ、テメ……ェ!」
 すると可憐はなんでもないという風に、
「帰ってくるの遅いからよ、負けブタが」
 と、言い捨てた。く、その腹いせでこれか……! きついな。きついな、これは。
「……で。作戦会議って何? 可憐」
 一つ含み笑いをこぼした優が、話の進行を催促した。可憐はうむ、と頷き、俺も痛む腹を抱えつつ身を起こした。
「三つ。報告があります。重要かつ迅速な行動が必要になるため、各自心して聞くように」
 優は妙にこわばった顔を、俺は撃たれた腹の様子を確認しつつ、頷いた。
「一つずつ言った方が良いわね。まず一つ。えーと。バンド名を改名しようと思います」
 はいはい。バンド名をねぇ………。……。ん!? な、なんじゃとぉおぉおおおお!?
「な、なんで? このままで良いんじゃない」
 当然の反応を示したのは優だ。な、なななななにを! 急に言い出すかと思えば、この娘は! すると可憐はまた一つ頷き、語る。
「『ヴィルス』は文字通り、ウィルスのように音楽界を侵食しようと言う意味でつけたよね。それもいいけど、まだ弱い気がしてねー。私はもっと強い何かが欲しいって思ったわけ」
「でもそれは、……! ……んー……ん」
 む、微妙に一理ある……な。悪くない。今までのどうしようもない自分を捨て、戒め、けじめをつけるにはこの上ない考えだ。
 と。やはり感心するのは早かった。途端に可憐は夢心地のうつろな瞳で、
「──というのは、全体の二割の理由な訳で。実はねー、この間の夜に、リオネスの夢見ちゃったわけよ。アハ、そしたらね、彼が私たちのバンド名を改名したほうが良いって、新しく命名してくれたわけよー。すごくない?」
 だとさ。……まあ、何だ。つまり端的に言うと、それが原因な訳だ。……くッ、怨むぞ! 俺は一生この事を忘れないぞ、リオネス!
「可憐、じゃあそのバンド名って何……?」
 優が、落胆して壁打つ俺を引き止めつつ、可憐のいる辺りを振り仰いで聞いた。可憐はそれを受け、改めて姿勢を立て直し、言う。
「『いんろーど』。日本語に平たく訳すなら、そうね。──侵略者………かな?」
 ……くぅ、しかも微妙に……いいじゃんか。
「でも……そういうのは、一人じゃなくてメンバー全員で考えるもんだろ、普通!」
 お、いい事言ったな、俺。でも可憐は、
「あぁ?」
 なんて般若みたいな面構えで、
「な!・に!・か! ……文句でも?」
 なんて言うもんだから。俺は追い詰められた小動物みたいに体を縮みこませ、「いえ、何でもありませ……ん」って消え入るような声しか出せないじゃないか。そこで優が、
「まあ、僕は良いと思うけどね。改名」
「でしょ! やー! ケッテ〜イ!」
 くッ、ここは悲しむべきなのか? 否ッ! 変な名前じゃないことを喜ぶべきなのだ、小護! 俺は断じて膝は折らんぞ! 断じて!
 しかし残る二つの報告。これを知ったときの俺は、まだバンド改名など序章に過ぎないことを知るのであった。

「二つ目。えー。新生『いんろーど』。ミュージアムに出演することに決定しましたぁ」
 今度こそ俺は、国宝級の石膏細工と化した。
 え……? なに? みゅー……じあむ? それって、あの? ………アハハ、馬、
「馬鹿かお前は! 何言ってんだよ!」
 突如激怒した俺に、可憐ならず優までも揚げ足をとられたような顔を示した。
「な、何怒ってんのよ、小護」
 と、可憐は眉毛を跳ね上げ、唇を尖らせた。俺はハッとし、すぐさま冷静な自分を取り戻す。
「ゴホ……えー……とだな、可憐。問題があるだろ、それ」
「問題って何?」
「まず一つ目! 優が出れないだろ」
 そうだ。今までのいざこざは、それが原因だといっても過言ではない。しかし可憐はああ、その事、といわんばかりに肩をすくめ、
「それならダイジョブ。優に許可取ったから」
 ………は……? きょか………?
「今まで優が出なかったのは、即物的観点もあったけど、何より優自身がそれを拒否していたからであって。つまるところ、ドラムの配置さえ合わせれば、ここのスタジオみたいに優はある程度自在にドラムを叩けるのよ。知ってるでしょ、小護も?」
「そうだよ。……僕はもう大丈夫だからさ」
 そう、か。そこは問題ないのか……。が、俺は負けじともう一つの理由を口走る。
「じ、じゃあもう一つ。ミュージアムって、いつ開催だっけ?」
 俺の記憶が正しければ、確か──
「えーとね。四日後」
 あら、ビンゴ。
「って、問題ありすぎだろ、それ! 四日だぞ、四日だぞ!? 曲も決まってなけりゃ、合わせてもいない。なんも決まってない状態で、そんなん出られるか!」
「いや、曲は決まってるわよ」
 可憐が指を立てて言う。
「あんたが温めてたっていう曲よ。一回見たら、結構良い感じだったし。覚えやすさも良い。あの中から、二曲選んでそれでいくわよ」
 う……。あの曲を使えるのは、確かにうれしいけども。飛び跳ねたい気分だけども。
「でも、それでも無理が出るんじゃないか?」
 下手したら、負けをさらしに行くようなものだ。しかし可憐と優は事も無げにしれっと、
「それを解決するために、ここにいるんでしょ、私たちは。そのための緊急招集だしさぁ」
「そうだね。徹夜すれば、なんとか」
 あー、はいはい。ってことはアレだ。俺の常識認知が間違ってるってことか。なるほどね。殴るぞ。
「でもねえ。一つ問題が出ちゃったわけね」
「………なんだよ。問題あるのかよ……」
 もはや俺は神経断絶の域である。可憐はその『問題』を、至って簡潔に述べた。
「実はね。まだミュージアムに私たちが出場することが、認証されてないのよぉ」
「えぇ!?」
 優が驚愕に声を跳ね上げた。えーと……? それはつまり……? …………。
「ば、ばばばばばばかかお前はっ! 意味わかんねーよ! もしかしてその前提も無いのに話し進めてたのか! あ、ありえねー! しかもお前、そんなの俺が渡された名刺使えば、簡単にしゅぶろんッ!」
 すぐさま俺の首筋に飛び掛った得物によって、俺は言葉を切断された。て、手足がしびれる! ひ、秘孔か! 秘孔衝かれたのか!
「うっさいわねー。それもこれも、アンタのせいなんだからね。アンタがミュージアムの一週間前なんかに名刺を渡すから、電話しても向こうに、そんな急じゃ無理ですよって言われたのよ!」
「じゃあ、どうするの? 可憐。これから」
「うーん。直接殴りこみに行くか……。一番手っ取り早いのは、有力な関係者を使ってこの名刺を証拠に出場することだけど……」
 苦悶の声を上げつつのた打ち回る俺をよそに、二人はさらりとした様子で話を進める。
「お、お前、……らに……じ、人徳、ッ、って言うのは……存在しな……いの……かよ」
 優の性格もここまで来てしまうとは、もうこれから自分は虐げられる毎日を送ることになりそうだ。はは……。あはは………。
 ──そんな可憐と優、そして別の意味で俺が唸っている、そんな時だった。
 ドカン、ドゴンと派手な音を立てつつ、スタントマンよろしく尻餅をついて階段から転げ落ちてくる、小さな影が現れた。一段一段「痛、痛」と声を上げるからに、人だ。最後まできれいに転がり落ちた、少女。見まがうはずも無いが、目を疑った。それは昨日あの店にいた少女──凛だった。……あ、ピンク。
「な、なになに、どうしたの!?」
 状況整理を求めたのは、優だ。当然だろう。眼でしっかりと状況を把握しているつもりの俺や可憐でも、呆然と目の前であわてて身だしなみを整えている少女を、凝視することしか出来ていないのだから。
 スパイか? 最初に浮かんだ仮定はそれ。しかし彼女自身が、転がってきた意図を力の入った眼力と声で、俺たちに告げた。
「あ、あの……! 私、凛っていいます! 小護さ、あっ、……皆さんの、ち、力になりに来ました!」
 無論、俺たちは訳が解らずだんまり。
 一瞬の沈黙が妖精となり、宙を舞った。
「……あんた、また女誘惑したの……!」
 そんな可憐の一言で、俺は我に返った。
「し、してねぇよ! そんなこと!」
 俺はそんな覚えは無いし、そんな人間じゃない! 俺自身はそう確信している! なのに、なのになんで! 今可憐の一言を聞いた凛、教えてくれ! 何で君は、耳の先端まで洋々とマゼンタに染め上げているんだーっ!
 理由が俺にあることを知り、絶望している俺をよそに、可憐がそんな凛を邪魔者扱いして追っ払う。
「あのねー。今小護を含む私たちは、ちょっとそんな暇は無く、…………!」
 ──としたが、ふと言葉を飲み込み、
「……あなた、凛って言ったわよね。もしかして、あのアジェンデの方?」
「? はい。そうですけど……?」
「ふむ。それは、それは………!」
 可憐の口角を吊り上げた、歪んだ笑み。それを見た俺はピンときた。第六感が発達したのか、そりゃもうはっきりとピンときましたよ。ヤバイ、と。俺は可憐が二の句を言い出す前にその腕を引っつかみ、困惑する優と凛から見えないドラムの陰で、怒鳴り込んだ。
「お前、凛を使ってミュージアムに出演しようと思っただろ、今……!」
 もしそうなれば、可憐からの被害者をもう一人増やしてしまうことになる! 経験者として、それは未然に防がなければ!
「あったり前じゃん。最初で最後のチャンスだよ。これ逃したらゼウスに悪いじゃん」
 く、やはりそうくるか。だが、こちとら引くわけにはいかん!
「だけどな、可憐。俺たちの問題に、彼女を巻き込むってのはちょっと非常識なんじゃないか? 力になりたいっていうのはもっと別の意味かもしれないし、そりゃミュージアムに出たいけど、何もそこまでしてやぶぅッ!」
 あ、また手足がしびれて! 首筋が痛い!
「ここまでして出る理由があるの。せっかくのチャンス、逃すわけにはいかないのよっ!」
 可憐は力いっぱいに、頑として蹴散らした。
 ぱたりと倒れこんだ俺がかすむ視野で捉えたのは、こぼれ落ちるほどのまぶしい笑顔で振り返る、可憐のヒマワリフェースだった。
「いらっしゃい♪ 凛ちゃん」

「えーと、じゃあ最後。三つ目。これは朗報だから、気を楽にして聞いて良いわよう」
「やったー」
 可憐が言い、優が笑う。俺は耳を少しそばだてるくらいで、手足が正常に動くかどうかを確かめていた。……ふう、大丈夫。
 俺は、可憐が背後の大きめのバックから何かを取り出す姿を見つつ、それが変な朗報でないことを切に願った。
 ……あ、そうそう。凛のことだが。もちろん、飛んで火に入る夏の虫。凛はその地位、権力(ZINの名も行使)を存分に使い、俺たちが四日後のミュージアムに出演できるよう、手を回された。そんなことでもうれしく引き受けた凛は、やはり恋する乙女のサガと言うやつだろうか……?
 でもこれで、ミュージアム出場は確実になっただろう。……しかし、本当に大丈夫なのだろうか。可憐は徹夜すればいいとかほざいているが、音楽はそんな一朝一夕で出来るものではない。それにミュージアムだぞ? そこらのライヴとは訳が違う。バンドとして、そんなところで一生物の傷を負うわけにはいかない。出場する。それだけで、武者震いが襲う。それとも、単なる恐怖か? 本番までに数えるほどの時間しか残っていないに……。
 それほどまでに、重大なことなのだ。『ミュージアムに出場する』という行為は。
 そんなこんな考えていると、可憐が『朗報』とやらをバッグから取り出した。俺は息、を呑……んだ。なんだあの……気味悪い物は?
「じゃーん♪ 私が監督、デザインして、カラーリングしたベースだよぅ!」
 俺は、思わずその土台となったベースに全力で同情し、たんだが……。………、ふと目を凝らしてみる。
 あ、あれ? おかしいな。あのフォルム、サイズを見るからに……。ま、まさかな。イヤでも、俺が自分のベースをみまみまみまみま見まがうはずもななななくくくううッ!?
「ほぎゃぁぁあああああああああああッ!」
 俺は仰天して、そのベースに飛びついた。
「ぁ、可憐……っ! つかぬ事をお聞きききききしますが、ここ、こ、れは……?」
 頼む可憐! この事実を! この事実をお前の口で否定してくれッ!
「うん♪ 小護のベース。そしてこれが、三つ目の報告。プレゼントだよぅ」
 可憐がお揃いとか言いながら同じくカラーリングされた自分のギターを、そして優へのスティックを掲げ、優がそれを喜んで受け取っているが、当然俺の耳に入るわけが無く。
「こ、ここここれ俺のお気に入りのベースだったんだぞっ! 俺の相棒だぞ、他人にも触らせたことなかったんだぞっ! ライヴに持っていく予定のいとおしいヤツだったんだぞオォオッ!?」
 声帯が裏返りさえする必死の絶叫を、可憐へ叩きつけた。しかしそこで可憐の、
「だからじゃん。カッコイイっしょ? これ」
 子供のような無垢な笑顔に。ニシシと笑う口から窺える、幼さの残る八重歯に。奇しくも抱擁したくなるような、愛くるしいしぐさ。
「空前絶後の究極的モダンアートね。そしてそれを創ったあたしは、古き良き時代のモダンガール」
 恨むことも憎むことも出来ない調子に、一瞬にして怒りにも似た憤りが、やる気の起こらない脱力に変異した。
 これは天然なのか、計算ずくなのか。それは誰にも分からない。嗚呼、分からないさ。
「ありがとう、可憐! 力が出るよ!」
「うむ、それを使って邁進しなさいな」
 放心し、頭の中が真っ白になっている俺は、この時ばかりは優の弱視を羨みましたとも。
 可憐は一つ咳払いをして「では」と言い、笑顔の優、抜け殻の俺の順に目配らせ、防音室内に高らかに雄叫びを上げた。
「新生『いんろーど』! これより、『ザ・追い込んで追い込んでできる限りの力を搾り出すのよ・大作戦!』開始いたしますッ!」
 そして、アンプにつないだ可憐いわくモダンギターを掻いた。聞きなれた曲調が鳴る──と思った。しかしそれは、俺の鼓膜に明らかな違和感を与える。可憐が操作して音に起伏を与えるが、それさえもおかしい。
「……可憐………ギターの音おかしくなってないか? ………色塗ったせいで」
「は? 何言ってんの? これはね、信頼してる楽器屋の店長さんの指導と、カラーリングのカリスマ的存在、つまりあんたのお母さんこと裕子さんに教わってしたんだから、音に影響が出るような塗り方じゃないの」
「……そう………か……」
 でもどこか違和感が……。もしかして、あのケンカのときにウルなる男からの一発が、今になって耳にきてるのだろうか……?
 胸のうちにたまる濃淡の霧のような、上手く言語化することの出来ない不安感が俺を包む。そんな奇妙な気分にさいなまれつつも、それがはっきりと何か解らない自分に苛立っていると、優が、
「小護……大丈夫? どうしたの?」
 機敏な反応をしてくれた。
「……あ、いや、なんでもない。──じゃあ、始めるか。俺たちの第一歩だ」
「よ〜し来た。やりますかー!」
 そうだ。おそらく何かの気のせいだ。
 可憐が大量の楽譜の資料を、俺の鼻先に差し出すのを見ながら、あえて気楽に考えた。
 ライヴ出場。可憐の独断で緊急なライヴになったとしても、言い訳などする気はない。やるからには、全力を尽くす。なのに、体調不良で実力が出せませんでした、など許されるはずも無い。俺たちは、音楽界を襲う侵略者にならなければならないんだ。ましてや、最初で最後で、最大かもしれないチャンス。負けるわけにはいかない。

 自分の誇り──バンドメンバーに、誓いを立てたことなんだからな。
 
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