Novel βrother
なとりうむ
BBS  Home
その七 | 目次

いんろーど♪

エピローグ

「あ〜……。なんでおれがこんなこと……」
 断続する五月蠅さを増した蝉の声。温暖化の危険性を知らせる直射日光。周りに満ちわたる、なんともくだらない世間ばなし……ぃ。
 ダラダラと歩を進めていた俺は、だるく口を開いた。両手にはコンビニの袋が一つずつ。可憐に言われたお菓子を買い(反論したが、ポーカー勝負に持ち込まれた結果、見事なブタで散った)、優宅のスタジオへ帰路の途中だ。
 夢のようなひと時はあっさりと一ヶ月過ぎ、相変わらずの日常が始まり、続いている。
 現在『いんろーど』は以前にもまして積極的な活動をしている。数週間後にも遠くへの遠征ライヴ予定も入っていたり。この間のミュージアムのようなライヴにも、常連客として出場できるほどの実力も必要なのだ。
 ……あ、ライヴといえば。ミュージアム後、一応俺はあの出来事を自分なりに調べてみた。まるで白い世界の、アレだ。周りからもすごかったと一目置かれるほどの状態だったらしく、でも俺自身は良く覚えていなくて、手がかりはほとんど無い状態だった。
 強いて言えば、ZINの『自分自身と真正面から向き合った時、真の扉が開かれる』くらいか? ……言った……よな? まあ確信は無く、俺が関係しているかもしれない、と現在は勝手に結論付けているしだいだ。まぁ身も蓋も無いことを言ってしまえば、どうでもいいという一言な訳だが。音楽をまた出来るようになったし。結果オーライ万歳だ。
 ただ、自分が本当に何かを切望し、自分自身と向き合ったときにこそ、『あれ』がやってくる、となんとなくは感じている。……ん?
 ちょい待て。悩んでいるとき? ──俺の頭に電球が浮かぶ──『何かを切望』『向き合ったとき』『あれ』。………そ、そうだっ! 
 電球がぱっと発光した。これがライヴの事にいえるならば、他のことにも言えるに違いない。つまり──ポーカーという決闘にも。
 あの状態でライヴが成功したのならば、ポーカーで失敗するはずがない! ブタ以外のポーカーハンドを出せるに違いない! そうだ、そうに違いない! なんて頭がいい、俺!
 俺は急にリズミカルなステップになると──だがふと目端をかすめた何かに、それを止められた。カウンターだけの小さな店。そこに立てかけてあるハイカラな雑誌。
 近寄ってそれをパラパラとめくってみる。振り分けられたスペースにずらりとバンド紹介企画のようなページがあり、その中にひときわ大きい二つの枠があった。
 うちの一つは、貫禄だけでも十分なOKな『アジェンデ』。それと相対したもう一つは──写真前面に飛び出ている金髪少女、物静かな顔に似合わない派手なサングラスを前に、困った顔をしている青年、顔の何かを隠すように目深にかぶった帽子から、異質な栗毛の出している青年が載っている妙な写真。名を、
『いんろーど』。
 凛は、嘘偽りなく約束を順守してくれたらしい。本当に律儀な女の子だ。
 俺はふっと笑みを漏らしてその記事に見入り、交互に写真と見比べた。
「……おばちゃん。これちょうだい」


 スタジオに着くと、冷気と共に可憐と優の騒々しい様子が俺を出迎えた。二人とも慌てふためき、外出の準備を整えている。
 ……あ、ちなみに。優はミュージアム後、手術を受け、無事成功した。まあ成功率から言って当たり前の結果なのだが、それでもそれはうれしい事実だ。現在は、リハビリを織り交ぜつつ、普段の生活に戻っている。
「どうしたんだ? そんなにあわてて」
 当然俺はその問いを発した。すると可憐は食事中の獣のような眼光をギョロリとやり、らしくもない鈍いろれつで説明を始めた。

 なんでも俺がいない間に、何かのスタッフらしき人物から電話があったらしい。内容はなんと──ライヴ出演の依頼。しかもそんじょそこらのライヴとは違う。ミュージアム後、合わせた様にZINのバンド『perfect pitch』が再結成されたのは有名な話だ。そこで今度その再結集祝いライヴがあり、この間デビューを果たした『アジェンデ』を初めとして、有名なバンドが多数出演するらしい。
 そしてなんと! ここが驚くところっ! そのライヴに『いんろーど』がお誘い手招き、てぐすねひいてご招待されたのだ! この間のタイバンの周知がそうさせたのか、それともはたまた別の何かが原因なのか……。が、理由などこの際どうでもいい(良くは無いが)。何にせよそんな高等なライヴに出場できるだ。
 砂上の楼閣のごとく無茶な出場だとしても、当日が前代未聞の大嵐で両腕粉砕骨折をしても、出場しないわけにはいかない。
 どうやら今からその面接を合わせた、打ち合わせのようなものがあるらしく、二人はそれに行く準備を慌ててやっていたのだ。
 可憐と優、『二人だけ』で行く準備を……。

「はあ!? 何だそれ。じゃあ、お前ら二人で行くのかよ! おれは? 何で行っちゃいけないの?」
「あんたは初対面印象悪いの! その栗毛でね! 言うなら黒髪にして言いなさい!」
 うっ……、くッ、反論できない……! ……でも、そう易々と諦めがつくはずも無い!
 俺は考えた。テスト中でもこんなに頭をひねったか、というほど考えた。そこで再び、電球の神様が舞い降りた。
「じゃあっ! ポーカーで、勝負をつけよう。勝ったら俺も連れて行ってくれ。簡単だ。な、いいだろ?」
 可憐と優は目をかわし、しばらく唸っていたが、優の「……じゃあ、一回だけなら」という言葉で承諾された。サーッ!
 よォし! フフ……油断はなんたらの基とか言うやつだ。真正・ザ・俺がこんなもの軽く勝利へと導いてくれるわァ! 見てろ、二人とも! さあ、さあ! 今こそ我が身を聖域へと導き、俺を甘んじたこいつらに神の鉄槌を! この愚行に、軽やかな勝利をッ!

 一分後。優と可憐のはきはきしたポーカーハンド宣言の声に、弱弱しく言った俺の小さな二文字が、踏み潰されるようにはかなく、限りなく小さく消えた。

 「ブタ」という二文字が。
 
BBS  Home
その七 | 目次
Copyright (c) 2006 ヴィジョ丸 All rights reserved.