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なとりうむ
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その一 | 目次

いんろーど♪

プロローグ

 悲痛が染み出る叫び声は、やがて降り出した大粒の雨によって、殺され、消えた。

「うわあぁぁああぁぁああああああああ!」
 多勢の馬蹄が、叩きつけられているような。土砂降りの雨は俺を襲わず、あたりの存在だけを押収していく。
 どこだ、ここは。暗い、暗い。……橋の下。そんなことはどうでもいい。誰か、誰か……!
 橋の上から、飛沫を立てつつ荒れ狂う車類、雨のせいで急激に表情を変えた濁流。すべての音が合わさり、雑然とした音を奏で上げる。
 悲痛な叫びは、耳が認識する前に殺される。
 何も解らない。我先にとあふれ出る涙が、冷めた頬を裂く。何かの存在が欲しい。
 俺の『音楽』が、崩れ去っていく。
「ああああぁぁぁぁあああああぁぁああ!」
 四肢を失った暴君かがごとく、体を蠕動させる。しかしそれは、近くの錆び付いた椅子すら叶わない。
 一定した雑音が、さらに俺の不安感を引きずり出す。もっと声を跳ね上げた。それでも変わらない現状。怖い、怖い、怖い!
「ううぅああああああぁあぁぁあああッ!」
 殴られた腹が痛いわけではない。むしろ、殴った奴ら──アジェンデでもいい。誰でもいい。俺の存在を……お前は必要だと、一言でいい、一言で! 誰か、誰か……!
 俺の『音楽』崩れ去っていく。
 それはまるで、赫怒を叩きつける狂った偏執狂のように。世界の終わりを知らせる断末魔のように。
「あああぁあぁあぁ………ぁああ………ぅうあ……く…………ぅ……」
 やがて、声を出すのをやめた。体をもがくのもやめた。もう無駄なんだと理解した。かわりに、寒さをしのぐ少女のように身を縮める。しゃくりあげるたびに、気道が詰まる。
 暗い、寒い、怖い…………誰もいない。
 自分の髪の毛が見えた。黒い。いつもは我が物顔でいるくせに。しかしそこでふと気づく。それは、髪だけではなかった。川も、橋も、雨も、草木も、自分も。すべて黒かった。
 隔絶された。心臓が切り落とされたような、どうしようもなくわき上がる絶望感。
 俺の『音楽』が、崩れ去った。
 だから俺はこの時、思ったんだ。枝分かれした涙を拭うこともせず、呆然と思ったんだ。

 俺はバンドにとって、もういらない存在なんだ、って。
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